STORY02

KXの進化

KXの歴史は先進技術の歴史でもある。
1970年代後半~1990年代における
先進的なメカニズムの搭載、
2000年代以降の4ストローク化、
それに伴う新機構などを積極的に取り入れ、
自らの姿を変えていった。

続々と投入される
革新的な技術

着々と進化を積み重ねてきたKXシリーズは、やがて激動期を迎えた。1973年に誕生した当初、開発にかける比重はエンジンと車体がほぼ同等だったが、カワサキは車体を重視する方針に舵を切る。ロードレーサーのKR250/KR350で先行開発していたユニトラックサスペンション、モトクロッサーには不向きとされていたディスクブレーキなど、画期的なメカニズムを1979~80年にかけてレース用のファクトリーマシンへ実戦投入し、1~2年後の市販モデルに採用していった。

シート下に配されたシーソー型のベルクランク、2本のプッシュロッドで構成された初代ユニトラック(左)→プッシュロッドを1本化(中央)→ボトムリンク型へ(右)。
リンク方式などの改良を重ねながら、ユニトラックは熟成されていった。

左:1980年の全日本モトクロス選手権開幕戦にフロントディスクブレーキを初搭載したKX250SR/KX125SRが登場し、パドックの注目を集めていた。
右:市販モデルは1982年のKX250/KX125からフロントディスクブレーキを搭載し、1986年モデルでリヤブレーキもディスク化された(写真は1986年モデルのKX250)。

エンジンの水冷化についても、ラジエータの位置を模索する中で燃料タンク下への移設を決めるなど、開発スピードは速かった。また、当時は排気量によって車格が違ったこともあり、KX125には縦長のラジエータを片側に配置したこともあった。同時期にゼッケン一体式リヤフェンダーを3シーズン採用していたが、これはユニトラックのアピールと整備性向上に役立った。
1980年代には、2ストロークエンジンの排気ポートとレゾネーターを同時に制御する、KIPS(Kawasaki Integrated Power-valve System)を開発し、パワーアップと低回転域の扱いやすさを両立させた。KIPSを装備したKX125SRは、ジェフ・ワードの初タイトル獲得(1984年AMA MX125)に貢献。この時期は車体面での進化も著しく、前後ディスクブレーキ、ボトムリンク式ユニトラック、倒立フロントフォークなど、現在の標準仕様につながる原型が生まれた。

左:KIPSのエンジン特性を表したグラフ。回転数に応じてバルブを開閉する事により、低回転域から高回転域までスムーズなパワーカーブを描く。
右:86年型KX125のエンジン。85年の市販KXシリーズでKIPSが搭載されたが、KIPSのロゴがシリンダーヘッドに刻まれたのは86年モデルからであった。

画期的なフレーム
の登場

1989年、全日本モトクロスに登場したKX125SR/KX250SRは、KXシリーズの歴史において最もエポックメイキングなマシンとなった。ツインチューブで構成された車体は、ペリメターフレームと呼ばれ、従来のシングルバックボーンに替わる次世代の高剛性バランスを有していた。岡部篤史のタイトル(1989年250)によって実証されたペリメターフレームは、1990年モデルの市販KX125/KX250にも採用され、カワサキのオフロードバイク全般に普及してゆく。
このペリメターフレームの開発がスタートした際、ツインチューブに挟まれた燃料タンクの位置にエアボックスを配し、ダウンドラフト吸気とするプランも検討された。カワサキはかねてよりエアフローに着目し、1984年にはタンクを貫通するダクトでエアボックスに新気を導く、クールエアインテークを実戦配備したこともある。このアイデアはロードレーサーのZXR-7にも応用され、1989年モデルのZXR750など市販車のフィーチャーとして実用化された。

上・左下:1989年のKX250SR(全日本モトクロス選手権 岡部車)。モトクロッサーにとって画期的だったこのツインチューブフレームは、タンクを包み込むような形状からペリメター(周囲)と命名された。
右下:ペリメターフレームは1990年モデルのKX250/KX125から市販モデルに搭載される(写真は1990年モデルのKX250)。

エンジンの
4ストローク化

やがてモトクロス界に2&4ストロークが混走する過渡期が訪れると、カワサキは新設計の4ストロークDOHCエンジンを搭載したKX250F-SRを全日本選手権に投入。デビューウィンで始まった溝口哲也の快進撃により、初年度でシリーズ(2003年MFJ MX125)を制覇した。翌年から市販されたKX250Fに加え、KX450Fがラインナップされる頃、世の中は完全に4ストロークが主流となる。2006年に出揃った両車には、アルミ製ペリメターフレームが初採用された。
2007年、カワサキは主戦場の一つであるAMAスーパークロスにおいて、全クラスのタイトルを獲得した。三銃士の内訳は、ジェイムズ・スチュワート(KX450F/SX)、ライアン・ビロポート(KX250F/SXライツウエスト)、ベン・タウンリー(KX250F/SXライツイースト)。特筆すべきなのは、プロデビュー6年目でビッグタイトルを物にしたスチュワートが、125から250、そして450へと乗り換えながら成果を残してきたことだ。2ストロークから4ストロークへの過渡期を最も劇的に生きた成功例は、マシン開発とチーム運営、そしてライダーの努力による賜物だった。

左上:2003年の全日本モトクロス選手権に投入された、4ストロークエンジン搭載のKX250F-SR。4ストローク化初年度でチャンピオンを獲得し、翌2004年には市販モデルの4ストロークモトクロッサー、KX250Fが登場する。
右上:2006年モデルでKX450Fがデビュー。アルミ製ペリメターフレームも2006年モデルKX450F/KX250Fから採用された。
下:ジェイムズ・スチュワートを2007年のAMAスーパークロスチャンピオンに導いたKX450F。

その後、フューエルインジェクションやセルフスターターなど、新機構を追加しながら進化するフルサイズの4ストローク車、KX250/KX450の下には、ビギナーをエキスパートに導く小排気量の2ストローク車がラインナップされている。モトクロッサーの性能が円熟の域に達している昨今、ドラスティックなモデルチェンジが少なくなったことは確かだ。それでもカワサキは、KXシリーズ50周年を迎えた今でも「勝つためのマシン」というコンセプトを変えるつもりはない。

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