ツインショック・リアサス時代のKX250(写真は'78モデル)。開発陣はより優れたサスペンション性能を求め、ユニトラックの開発に着手した。
「社内で初めて見かけた時、国鉄(現:JR)車両用のバネかと思いました」
増田智(当時:単車事業部 技術部 開発班 設計・実験担当)の目には、今でも異様な光景が焼き付いている。開発中だった1本サス用に試作された、極太のスプリング。普通の2本サスがまだまだ幅を利かせていた当時、そのサイズは常軌を逸していた。
当初はベルクランクと呼ばれ、後にユニトラックと命名されることになるサスペンションは、殿堂入りに相応しいカワサキ独自の機構だった。初代はいわゆるシーソー型のレイアウトで、スイングアームの動きがプッシュロッドと上部のリンクを介して、垂直に配置されたショックユニットを押し下げる仕組みだった。1979年に開発がスタートした当時は、左右のスイングアームを結ぶブリッジの部分から、2本のプッシュロッドがハの字型に配されていたが、やがて1本化される。材質的にも円形断面の鉄製パイプから、角型のアルミ製へと進化した。
モトクロッサーの激動期に開発の最前線にいた安井隆志(当時:単車事業部 技術部 開発班 設計・実験担当)は、ユニトラックの誕生から熟成までをつぶさに見てきた。
「ユニトラックの開発は、KR250・KR350で先行していましたが、ロードレーサーとモトクロッサーの設計は同じ部屋でやっていたので、隣りの机にある図面を見てはこちらにも応用したいと考えていました。'70年代後半のモトクロッサーにとって、足回りのロングストローク化は急務でしたし、そのための手法としてはユニトラックが最適だったのです。リンクを介すことで得られるプログレッシブな特性は、むしろモトクロッサーにこそ必要なものでしょう。開発に着手してみると、マスの集中化、走破性の向上、加速トラクションの向上など、メリットを実感しましたが、その一方で熱対策には苦労しました。レバー比を上げれば、ショック本体に要求される減衰力が高くなる。ということは発生熱量が非常に多くなるのです。2本サスであれば風が当たりやすいのですが、ユニトラックはショックがエンジンの後方にあるので、風が通らない、熱気を受けやすい、という短所がありました。負荷が上がると、やがて熱ダレが起きてしまう。その対策として、削り出しでフィンを付けたアルミ製リザーバータンクをホースで連結して、ラジエター付近に設置したり、いろいろ試したこともありました」
初代(写真左)→プッシュロッドを1本化(写真中央)→ボトムリンク(写真右)
リンク方式などの改良を重ねながら、ユニトラックは熟成されていった
ユニトラックを装備したファクトリーマシンが実戦に投入されると、一大センセーションを巻き起こした。日本では福本敏夫、野宮修一、立脇三樹夫、アメリカではジェフ・ワード、ジミー・ワイナート、ヨーロッパではブラッド・ラッキーが好成績を収め、'80年代初頭から始まるKXシリーズ台頭の急先鋒となる。
量産車としては'80年にKXシリーズがユニトラック化。そして'86年には、今日の原型となるボトムリンク式のユニトラックがデビュー。リンク方式を改良しながら現行タイプへと進化する。
ショックアブソーバーをエンジンの真後ろに置くレイアウトは、車体設計の面では有利だったが、エンジン設計の観点からすると吸入系統の妨げとなるきらいがあった。初期のユニトラック装備車には、ショックとリンクを避けて車体左側に平べったいエアボックスが設けられていたが、ボトムリンク式になった今日でも吸入経路を直線化することはできず、このジレンマは永遠の課題となっている。
サスペンション開発のスペシャリスト、増田智
「車体設計者とエンジン設計者は、ちょっとした対立関係にありまして、本音ではこの部分を譲りたくないものです。ペリメターフレームの開発に着手した時に、ダウンドラフトキャブの実走行テストまで行なったのはそのためです」
エンジン特性も大事、サスペンション性能も大事。バイクの設計はスペースの取り合いでもあるが、その両陣営と縁が深いのが、開発テストに従事してきた増田だ。
「私はもともとキャブセッティングを担当していたんですが、上司から『モトクロッサーはエンジンより足回りだ』と言われ、途中からサスペンションの開発テストをやるようになりました。昔はとにかくパワー重視でしたし、サスには専任者がいなかったほどでしたが、やはりユニトラックの熟成に伴ってセッティングの重要性が高まってきたのでしょうね。サスセッティングを詰めていく作業は、やればやるほど性能が引き出せるので、楽しくやりがいのある仕事でした。おかげさまで、KXシリーズの車体は高い評価を頂いていますが、会社の方針が足回り重視にシフトしたことが完成車に反映されている好例だと思います。ユニトラックのみならず、フロントフォークの倒立化などにも立ち会えたことが誇りです」
カワサキの代名詞とも言えるユニトラックが、産声を上げてから30年が経過した。ボトムリンク式が定着してからは、あまり大きなモデルチェンジはないが、これが最終型だと断言することはできない。
(取材/文: 浦島信太郎)

